9624 Production 雑感記

9624Pが 色々思っている・感じているコトなど。

編集長のレトロゲームな日々


自転車で散髪に行ってきた。(0.5ミリのツルッツル。)
・・・で、散髪は実家近くの床屋なので、自転車という事や、
車では行きにくい場所もある事から、久しぶりに近辺の散策を
決め込む。実家近辺を自転車・・・というのも、学生の頃は
それが当たり前だった。その辺の話を今日のゲームな出来事と
からめて、今回のレトロゲームな日々をお送りする。
最終的に少々長くなってしまい、また稚拙な文章である事から
読みにくい(わかりにくい)表現があるかもしれない事を先に
お伝えしておきます。



ゲームセンターのデビューは高校1年。それまでは親が買い物を
している時に、近くのボーリング場のゲームコーナーに行ったり、
時々だが、駄菓子屋のゲームコーナーに行ったりしていた。
それまで生粋のコンシューマー。だが、アーケードゲームへの
あこがれはとても強かった事から、移植モノをよく遊んでいた。



自分が高校1年の頃と言えば・・・
時期的に『格闘ゲームブーム』で、更には『ポリゴン』だの
『テクスチャ』だの、遊びに行くゲームセンターのほとんどは
格闘ゲームばかり。連れて行ってもらった友達は格闘ゲーム
上手い事から、自分は(きっと勝てないだろう…。)と思い、
好きだったシューティングゲームを中心にやり込む事を決める。
この気持ちがあったからこそ、今のシューティング好きな自分が
いるんだなぁ・・・と、振り返ってみたりした。


しかし、肝心のシューティングゲームはいずこへ。
ようやく見つけたのが、ネオジオ筐体(4つゲームの入っている)
ソニックウイングス2』。周りに人などおらず、1人ポツンと
プレイをする。そんなシューティングな時代が自分のデビューだ。



こんなモノか…と思いながら、1人で行っても安全なジャスコ
中のゲームコーナーへと足を運ぶ。・・・ココで出会ったのが運命か、
アーケードで初めてやり込む事になったゲーム『極上パロディウス』が
そこにあった。


パロディウスはつまらない』と、自分の中で思っていた。
その原因はファミコン版の『パロディウスだ!』で、このゲームより先に
発売をしたファミコン版『沙羅曼蛇』や『グラディウスII』が個人的に
良かった事から、『パロディウスだ!』も面白いのだろうと期待をして
いたのだ。今では(これもアリ!いや、十分楽しいヨ!)と、思えるが、
当時の自分にしてみれば、ガッカリした部分が大半であった。


シューティングが『極上パロディウス』しかなかった事から、やむなく
プレイをしてみると本当に面白く、考えを改めるキッカケにもなった。
また独自に攻略をしたり、友達に聞きながらゲームを進めて行く事が
とても楽しく、毎日ジャスコに通うのが本当に楽しかった。
・・・そして、友達と話しているうちに出会ってしまった『ゲーメスト
その時は4面まで進めており、友達より高いスコア(40万点くらい)を
出して天狗になっていた。しかし、ハイスコアを見てみれば400万台。
「どうしてこんなに高いスコアが出るんだ?!」と、ハイスコア欄を見て
驚愕したのも、今となっては良い思い出だ。



ゲーメストの誌面内で取り扱っていた事もあってか、極上パロディウス
ムックを購入し、そして親にお願いをして攻略ビデオを買ってもらった。
映像とムックの記事と照らし合わせながら、研究をするのが日常だった。


ほぼスポーツ推薦のようなカタチで入学した事もあってか、部活は辞めるに
辞められず、遅くまでの練習や土日祝日は練習試合は正直キツかった。
(ゲームができない的な意味で。)それでも、体育館が使えず早く帰れる日に
ゲームセンターへ行く事や、「終われば遊べる!」・・・という無駄なパワー。
部室や練習試合の合間にゲーメストやムックを読んだりしたのも思い出だ。


勉強?!(テスト期間は部活がないので、ゲームセンターに行けるぜ!)


拝み倒してプレイステーションと『極上パロディウスだ!』も買ってもらう。
自宅での練習が可能となり、いざゲームセンターにて勝負!・・・お約束の展開
とも言うべきか、ジャスコのゲームは既に『ツインビーヤッホー!』に変わり、
エンディングに1コインで辿り着いたのは、ゲームセンターへの耐性ができた
事から、地元駅周辺のゲームセンターにて達成する事ができた。



駅周辺には3つゲームセンターがあり、『ファンタジア』は1プレイ50円。
デイトナ』『サム』は100円でメダル3枚。1プレイはメダル1枚と、
財布に優しいゲームセンターだった。・・・この『デイトナ』は現在も現役。
結構すごいゲームセンターとなっていて驚きだった。当時シューティングなんて
見向きもしていなかったのに・・・と、思うと複雑。(この辺の話はまた後で。)


そんなゲームセンターも、当時の主流はやはり格闘ゲーム、シューティングは
そこそこ・・・。それでも新作が必ず遊べるのは、本当にありがたかったと思う。
そして次にやり込んだのは、『STRIKERS 1945』。ソニックウイングスに似ている
という事や、何人もの友達が「難しい!」「弾速いし、避けられない!」と言って
いたので(格闘ゲームよりスゴイって事をクリアして、皆に見せてやる!)と、
割と厨二っぽい事が、やり込み(1周クリア)へのキッカケだったりする。



主に『デイトナ』でプレイをしていたが、バーチャファイターの後にゲームが
入った為か、ボタンの配置が微妙で『ガードボタンがショット』『キックが
ボム』とか、普通に遊べなかったのも辛い。店員にお願いをする勇気もなく、
(シューティングは不遇だなぁ・・・)と思いながら、それでもゲーメスト
記事を頼りながら、何とか1周クリアできたのもイイ思い出だ。


レイストーム』『Gダライアス』『タイムクライシス』『沙羅曼蛇2(1周)』
蒼穹紅蓮隊(ラスト)』『バトルガレッガ(挫折)』『ダライアス外伝』
ツインビーヤッホー(ときめきレーザーまで)』『怒首領蜂(1周)』
ガンバレット(上級・激ムズ)』『レイディアントシルバーガン(途中』
THE HOUSE OF THE DEAD』『STRIKERS 1945 II(1周)』等々。
ガンシューティングも含めて、クリアや途中までお世話になったゲームと、
その思い出が、主に通っていた3つのゲームセンターにあった。



そして、今!


・・・そんな事を思い出しながら、自転車で進む。
『ファンタジア』は『アドアーズ』になり、プリクラ・メダルゲーム中心に。
『サム』はパチンコ屋。ちょっと遊びに行っていた、イトーヨーカドー
屋上プレイランドは、プレイランド(屋上含む)ごと消滅していた。
ジャスコのゲームコーナーは移転して、現在はユニクロになっている。
移転後は普通のアミューズメントコーナーだが、ビデオゲームはない。)


寂しい気持ちを紛らわすかのように『デイトナ』へ。
筐体の数は少なくなったものの、格闘ゲームの対戦台が並び、音楽ゲーム
大型筐体のゲームも少々ある。シューティングは少なかったが、他のゲームも
含めて、プレイが録画できる環境にあった。



レトロゲームがたくさん入っている筐体で『ソニックウイングス3』をプレイ
するものの、急に当たり判定がなくなるバグがあったり、2回目はゲームが
ちゃんと選択できなかったりで、モヤモヤした気分になる。
当時と変わらず100円でメダルは3枚、そのうち2枚を微妙な感じで
使ってしまった事から(あと1枚はどうしよう…)と、思いながら店内を
ウロつく。・・・そして、見つける。当時と変わらぬ場所で鎮座している
ガンバレット』を。


最後のメダルをその筐体に収める。(賽銭気分だなぁ・・・)と思いながら
無難に「初級」を選択。『打て!』『破壊しろ!』『自分の色だけ狙え!』
高校の友達と笑いながらプレイした事や、サントラCDを聴きまくった事、
自分だったらこんな内容のミニゲームを・・・とか考えた事、どうやったら
高いスコアがでるのか考えた事、激ムズに失敗して悔しがった事。
1つ1つゲームを選択する度に思い出される当時の思い出が、懐かしくも
悲しい。


『オヤジを守れ!』
(ヒゲはないけど、そっくりになったなぁ・・・)当時は笑って見ていた
オヤジも、今では自分がオヤジな年齢なので、こんなにも親近感が沸くとは、
当時からしてみれば、想像もしなかっただろう。


たまたまか、ゲームの引きも良かったせいか、途中のボーナスステージで
ライフ回復がなかった割には、激ムズ2つクリアをして、合計1ミスにて
通しクリア達成。初級とはいえ、十年以上遊んでいなかったゲームをこの
年齢でクリアできるのは、正直嬉しかった。



デイトナ』を後にする。
レトロゲームの保存であるとか、環境を維持していく事とか、経済的な事や
需要。それらが全て困難な状況である等。直接自分ができる事はない。
せいぜい家庭用で発売しているゲームを購入して遊ぶ事や、今でも頑張って
いるゲームセンターに遊びに行く事ぐらいしかできないだろう。


それが現実。
でも、今ある環境の中で、『自分が楽しいと思った、体験した、続けたい!』
そう思うゲームやレトロゲームを、最大限楽しむようにしていきたい。



そんな中、嬉しいニュースが飛び込んできた。
バーチャルコンソールに『パルスター』の配信が決定!!
本当に嬉しいので、次回は『パルスター』特集の予定だ!!


やったー!!



< 良かったねっ♪・・・あと仕事の研修報告、忘れないでね!


現実は厳しい・・・。